《四か月総括》

私の周りでも仕事ができなくて収入が減った人がたくさんいます。

その人たちへの補償を無制限にするべきという意見もありますが、自己責任の部分も多いのではないかという意見も根強くあります。

影響の大きい職種として目立っているのは、旅行関係、外食産業、遊興施設、アパレル関係、芸能芸術関係などでしょうか。

 

否定的意見の主な論拠は突き詰めれば『生きてゆくのに必要ない職種を選んだ自分が悪い』というものです。

 

確かに今回のような災害に強いのは、第1次産業でしょう。

これらは世の中の経済状況からの余波を受けにくいで

株が上がっても下がっても魚やニンジンの値段はすぐには変化しません。

勿論徐々に影響は出てきますし、最終的には取り残される可能性も高いですが。

 

人の職業を値踏みして『仕方ないよ』と言っている人は、台風や地震で壊滅した農業・漁業・林業などに対して『そんな仕事を選んだのが悪い』というのでしょうか。

山崩れにあった人に『そんな所に住んでいるのが悪い』というのでしょうか。

 

安全な所で働いている人こそ、誰かを助けられる時が来るまで力を蓄えていてほしいように思います。

私は第2次産業と第3次産業の間を行ったり来たりしながら働いています。

経済的な影響は今すぐには出ていませんが、早ければ2か月経った頃、遅くとも半年後には必ず出てくるでしょう。

そしてそれは非常に長期間続くものと受け止めています。

何とか生き延びる方策を我々なりに模索しています。

 

政治でも、医学でも、社会でも、弱者でも、批判して溜飲するのは優越感を満たす最も簡単な方法です。

しかしそれをしたからと言って何も誰も変わらないし、自分自身も変わることなく、そのレベルでずっと生きてゆくことになるでしょう。

 

健康な人は旅行にけて、自分に作れない料理を食べ、我々であればライブをし、人によってはパチンコもゲームも楽しいのでしょう、たまには新しい流行の服も着てみて、映画や芝居や美術館やお笑いも観に行ける、本も自由に読める、それが文化というものです。

そんな世の中を取り戻すべく、今が辛抱のしどころだと思います

 

分断されてはなりません。

分断しているのは、実は自分の心なのです。

持たざる者持つ者が等しく幸せを得られるように、我々は働くべきであろうと思っています。

手に手を取らないで、何のために手があるのか。

人の気持ちが分からないで、何のために心があるのかと思います。

 

また今、本当に苦しい、経済的に追い詰められている人たちには私はこう言いたいと思います。

イスラエルの民がエジプトで奴隷になっていたとき、奴隷と言っても実は給料をもらってそれなりの暮らしをしていましたが、それではだめだ、国へ帰ろうと言った一人の男がいました。

皆さんもよくご存知のモーセ(モーゼ)です。

彼のどこが偉かったのか。

多くの民を救い導いたからではなく、十戒という法律を作ったからでもありません。

それは人の心に魂を取り戻そうとしたからです。

心が奴隷ではダメだと分かり、その排除を実践したからです。

 

後のイエスは彼の言葉を象徴的に使い『人はパンのみで生きるのではない』と言いました。

物質的な幸福も大切だが、それだけで人は生きては行けない、神の口から出る言葉、つまり動物を超えた知性、理性、感情、愛情などを優先して生きてゆくべきだと言いました。

 

ブッダは苦の正体は欲だと言いました。

欲(煩悩)を無くせば『苦』は消滅すると言いました。

 

彼らはみな同じことを言っています。

 

今風に言えば『お金も大切ですが、それより大切なものはいくらでもあるし、それを見つけられたら幸せになれますよ。それを探すことこそ生きてゆく目的になるんじゃないでしょうか。』といった感じでしょうか。

 

まして現代の日本のセーフティーネットは秀逸です。

仕事が無くなればどうしよう、会社がつぶれたらどうしよう、お金が無くなればどうしよう・・・・。

実はどうにでもなることなんです。

日本は絶対あなたを見捨てはしません。

あなたが自分を見捨てない限り。

 

いろいろと考えることの多い四か月でした。

苦を実りに変える、それしかこの時期を過ごしたことに意味を付けることはできないでしょう。

 

また長くなってしまいました。

最後まで読んでいただける方は少ないでしょうけれど、共に今を生きたことを、いつか讃え合えますように。