《MY天皇論》
生まれる前からあったものを、そこに生まれたからと言って無批判に受け入れなければならないものではないが、かといって全てをそのまま受け入れるべきでもない。
新世界の黒人もそうだし、君主制などもそうだ。
天皇制も誰彼たちが寄って考え、作って行ったのだろう。
世界を見ても王族のいる国は数多くある。
それは私は、肉体と精神のバランスの為に必要だったからと考えている。肉体つまり力、軍隊・警察・自衛隊・もののふ・さぶらひなど集団を維持するうえで、内外の反対勢力などに対して行使しなければならない武力を磨く集団である。
元来それらは一つであったはずだ。
強いものが集団を治め、人民をより良い未来に導くべく働いていたはずだ。
スサノオノミコト~ヒミコくらいまでは。
ところがただ強いだけで利己的な、人心を掌握できないものが現れる。
曽我氏と物部氏の争いは宗教対立と言われているが、私は権力闘争に過ぎないと思っている。
そこで大化の改新以降生まれたのが二元制だろう。
現在のイギリスなどもそうなっている。
二か所にその中枢を置くと、集団は円ではなく楕円形になる。
つまり集団内の『個』には逃げ場があるのだ。
あるときは宗教的精神を軸に生き、あるときは実利を求めて生きる。
困ったときの何とやらである。
ところが力を手に入れたほうの人たちは、心も手に入れたくなる。